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第153回(2021年3月18日)

■テーマ:「公園に開かれたこれからの公園内保育所〜クロストークから⾒えてきた公園と保育所〜」
■講師: ︓横⼭眞理(よこやま まり)さん((有)横⼭環境計画事務所+カフェ・ドゥードゥー 、(⼀社)園Power )

横山さんは市内に設計事務所を構える建築家で、たま・まちせんの設⽴当初からの会員でもあります。東京建築⼠会に所属する⼥性建築⼠10人で、⼦どもの成育環境を考える(⼀社)園Powerを⽴ち上げられました。今回は、都市公園法の改正により可能性の広がった公園内保育園の在り⽅を提⾔されている(⼀社)園Powerの活動をご紹介いただきます。

「都市公園の再生・活性化」を目的として、2017年に都市公園法が改正されました。この改正により保育所などの社会福祉施設(通所利用)の占有が可能となり、平成31年4月時点で全国で11の保育園が開設されています。ほかに、この改正では民間事業者による収益施設(飲食施設・売店など)もできるようになりました。この背景には、保育ニーズの高まりによる待機児童の増加や保育園施設用地の確保の困難さが指摘されます。都市公園法改正より以前に、2015年の国家戦略特区の改正で公園内に保育所などを設置することが可能となっており、これまでに18の保育園が開設されてます。

「保育園落ちた。日本死ね」という声が大きく取り上げられ、待機児童の増加、保育園の不足が社会問題となるような背景のもとで、公園内に保育園を設置可能とする規制緩和が進みつつあるなか、2016年に杉並区で公園を転用して保育園を設置するという区の方針に対して、子供たちの遊び場を守りたいという住民の反発が起こりました。

議論が平行線のまま膠着するなかで、東京建築士会に所属する村上美奈子さんをはじめとする女性建築家有志により、既存の保育園の改善により、保育園の収容力を増やそうというプランを提案され、杉並区とともに「クロストークイベント”緊急改修アイディア〜待機児童解消につながるヒント〜”」というテーマでシンポジウムを開催されました。シンポジウムには保育園関係者や保護者のほか、行政、設計者など多くの方が参加され、大きな反響があったということです。

このクロストークをきっかけに、 2016年11月村上美奈子さんを代表理事に(一社)園Powheを立ちあげられます。活動目的には「建築士としての経験を活かし、対話のなかだちとなり、よりよい生育環境の構築をめざし・・・」とあります。単に設計者としての立場だけでなく、様々な立場の人たちの知恵やアイデアを引き出し、子供たちの育つよりよい環境を提案し、創出するという理念のもとに活動されています。

2020年1月11日に、クロストーク「保育 ∩ 公園〜待機児童対策を越えた公園内保育園の可能性〜」を開催されますが、横山さんの話から、このクロストークはシンポジウムというイベントの枠を超えた、一つのプロジェクトとして実行されているということがわかりました。

公園内保育所の視察、関係行政や保育事業者、設計者へのヒアリングなどの公園内保育所をめぐるリサーチからプロジェクトは始まります。ヒアリングから、ハードや施設に関する問題、ソフトや運営に関する問題を整理されています。例えば、公園内保育所は占用使用となり更新はあるものの占用期間が10年(20年に更新も可能)で、運営上の制約となっていること。また都市公園法における占用範囲と建築基準法上の仮想敷地という二つの敷地境界が存在することなど、特殊な条件があることもわかりました。

さらに、ラウンドテーブル(円卓会議)を2回開催されます。第1回は事業者・設計者・研究者から話を聞き、現状における課題や解決へのアイデア、公園内保育所への期待などが議論されました。第2回は公園設計の実務者、保育事業者や公園利用の研究者を囲んで、関連制度や役割・機能、活用事例やアイデアなどの議論が行われました。

地域と保育の研究者である横浜市立大学准教授三輪律江氏は地域で子どもを育てることで、コミュニティの醸成にもつながるという「まち保育」の研究・実践者ですが、三輪氏の話として、横浜市の「保育施設による公園活用とマネジメントの在り方研究会」における、いずみ反町公園保育園の設立に至る取り組みの紹介をしていただきました。

公園設計実務者の石川純氏の「都市公園はなんでもできる魔法の風呂敷」という言葉は、本来的な公園の持つべき機能や可能性を示唆するものといえるかもしれません。管理者の都合で禁止だらけの公園の看板は本来の公園の在り方とは言えないですね。

公園利用・子どもの遊び場の研究者である梶木典子氏の話として、阪神淡路大震災の経験から「公園は空いていることに価値がある」と、また災害時の拠点となる公園に普段から地域のの人が行く環境をつくることが大事ということを紹介していただきました。

保育の実践者として、渋谷東しぜんの国こども園の運営者である齊藤紘良氏の投げかけ「公園内保育所は子どもの帰ってくる場所となれるのか」「公園を使うことに責任をもって使い方を考える」は印象的です。また、公園の使い方を決める仕組みを地域が担う「協議会」に期待されていました。

ヒアリングと2回のラウンドテーブルを通じ3つの仮説を組み立てられました。「公園から考えると保育園がもっとよくなる?」「境界エリアを工夫すれば保育環境を守り公園も活かせる?」「公共性があればひらかれた施設になる?」この仮説に基づき、クロストークイベントを企画、園Powerの提案をまとめられています。

講演では、都市公園法の改正に深く関わり、公園の未来活用や「公園を使い倒せ!」を唱える SOWINGWORKS代表の町田誠氏と、先駆的な子育て公園施設「てくてく」の設計者である長岡造形大学教授の山下秀之氏の講演が行われ、その概要を紹介していただきました。
また、参加者全員を3つのテーマで6グループにより「あったらいいな!こんな公園内保育所」というフレーズのもとにワークショップが行われました。

園Powerは、この一連の活動から「保育∩公園」の理想の形として提案をまとめられています。提案は、公園内での配置や空間の配置などの「空間のパターン」、使い方、機能、防災、地域との関わりや運営などに関する「アイデアカード」、専門家のサポートや在り方研究会などを活用して実現していく「プロセスイメージ」から構成されています。

空間パターンの例として、地域に開かれた1階と2階の上手な関係、地域の街なみをつくる「まちの縁側」、バッファーゾーンに可能性を見つける裏のない保育所などがあります。アイデアカードは、地域施設・公園施設と組み合わせるアイデアカード、保育所の機能を地域の人が利用するアイデアカード、屋外エレメントのアイデアカード、防災のポテンシャルを高めるアイデアカード、保育∩公園を実現・継続するアイデアカードなどがあります。プロセスイメージは、計画から事業者の公募・決定、工事、開園、占有利用期間終了という流れに沿って、あり方研究会、協議会、専門家などのかかわり方を図式化しています。

今回のまとめにあたって、横山さんのお話と合わせ、「保育∩公園」の冊子を参考にさせていただきました。横山さんのお話も、この冊子の内容もとても盛りだくさんで奥深いものがあり、十分にご紹介できませんでした。ぜひ、興味のある方は、冊子をご覧になってください。
入手は、園Powerのホームページもご参考にしてください。
http://www.en-power.org/index.html

保育園と公園という関係だけでなく、様々な公園の利用や公園内施設の可能性などのヒントもたくさん盛り込まれています。多摩市では中央公園内に図書館が建設中ですし、公園のPFI事業も始まろうとしています。加えてパルテノン多摩も大規模改修中で、完了後には公園との連携も考えた運営がなされるはずです。多摩ニュータウンには、あまり使われていない公園もあり、その活用や活性化も課題となっています。こういう問題に対しても、たくさんのヒントやアイデアをいただけたような、横山さんのお話でした。ありがとうございました。

(2021.3.26[Fri]記載)


第152回(2021年1月21日)

■テーマ:「多摩ニュータウン開発と社寺の関係にみるまちのでき⽅/つくり⽅」
■講師:高原柚(たかはら ゆう)さん(東京⼤学⼤学院⼯学系研究科建築学専攻博⼠課程 )

高原さんは東京大学大学院博士課程で藤森照信研直系の林憲吾研究室に所属され、建築学を研究されています。人や物が集まって、多様で雑多な主体の織り成す偶然性を有する都市の面白さに興味を持ち、建築学を志すことになったということです。

過密がもたらす都市問題へ対応するため、ハワード、ペリー、コルビジェ、丹下など内外の建築家や都市計画家により近代都市計画の理念が様々に提唱されてきました。
本来、都市は気候、地形、文化、制度、人々の営みの影響を受け、理念では成立しえないものであるのに、近代都市計画の理念に導かれ、都市計画家やデベロッパーにより、都市がつくられているという誤解があるのではないか、と疑問を持たれます。
哲学者・鷲⽥清⼀は、快適な住環境として造り上げられたニュータウンに⽋けている3つのものとして、宗教施設・古い⼤⽊・街中の闇、「つまり⼀種のいかがわしさを持った盛り場のような“陥没地帯”」を挙げました(『普通をだれも教えてくれない』(潮出版社、1998))。「ニュータウンには本当に“陥没地帯”はないのか」という疑問から、「まちができること」「まちをつくること」を⾒つめ直すために、高原さんは宗教施設に着目した研究をされています。

卒業論文は「教会堂のコンバージョンにみる建築空間の聖性 ―イングランド国教会の制度と 3つのケーススタディから考える―」(バー、サーカス劇場等への転用事例)。
修士論文は「公共空間としての宗教空間の可能性:多摩ニュータウン開発を事例として」(多摩ニュータウン開発の影響を受けた社寺)。そして、今後の研究は戦後シンガポールの都市開発と宗教空間がテーマだそうです。

多摩ニュータウンには、現実に開発前から存在していた寺社が多くあり、決して何もないところにニュータウンがつくられたわけではありません。高原さんは、多摩ニュータウンに残る寺社を、立地や造成の有無、事業前後の移動の有無などにより分類し、個々の寺社がどう扱われ、住民の意識の中でどのように存在していたのか、個別に調査し、その結果を新旧の図面や開発前の写真、地域の方が残したスケッチ画などとともに紹介していただきました。

既存の寺社は土地区画整理事業区域と新住宅市街地開発事業の境界に存在することが多く、その事業による寺社の変化に違いがあることもわかりました。土地区画整理事業では寺社と既存集落との関りが強く、同じ場所に残せることが多いのに対し、新住区域では山中にあるものが多く、全面買収方式の事業であるため寺社は移動されることが多いということです。

多摩ニュータウンの開発では、多くの地権者や住民の協力が必要であったため、開発者は既存住民や氏子の意向は無視できなかった。また、開発側からは、既存住民のみならず、新住民にとっても良い環境をつくるという考えから、既存住民の要求を可能な限りかなえたいという双方の思いの結果ではないか。

都市における宗教空間の役割は、コミュニティの中心であり、地域の記憶継承の空間である。ニュータウンでは新しく宗教空間を設置することができないがゆえに、既存の宗教空間は継承したかったという計画者の姿勢があったのだと、高原さんは指摘されています。
まとめとしての高原さんの言葉は、「既存環境には、そこを利用する人々の生活文化が根付いている。 都市をつくるにあたってそれら既存環境は決して無視できない。既存環境を活用することによって、共同体の拠点を住民自身の手によってつくることができる。都市の主役は住民である!」
「住民自身による既存環境に対する解釈や活用に対する原動力があり、それを生かそうとする計画サイドの姿勢の重要性ということを再認識した。こういう意識を今後の歴史研究に生かしていきたい。」と話されていました。

意見交換では、多摩ニュータウンは既存集落を含んだ開発であったがために、宗教施設を大切に扱わざるを得なかった。そのために既存住民との対話を重視し、施設空間を残すこともできたという、日本のニュータウンの中では幸せなニュータウンだという指摘もありました。

多摩ニュータウン開発にかかわってこられた計画者のはなしでは、宗教施設を意識して記録に残すということをしていなかったので、今回、高原さんと一緒に作業する中で、改めて記録を残すことができたということです。また、公的開発においては宗教施設の扱いは慎重にならざるを得ないのに比べ、民間開発では寺を誘致してしまうこともできるという事例の話もありました。

今後は、幸せな多摩ニュータウンと、全国の他のニュータウンや民間開発における宗教施設の扱われ方の比較や外国の事例との比較など、高原さんの研究が一層深まり、続編のお話を聞かせていただけることを期待しています。

2021.1.31[Sun]記載)


第151回(2020年11月19日)

■テーマ:「モダニズムの建築思想・近代都市計画の団地・NTの再生を考える」
—21世紀になって見えてきた欧米諸国の団地再生(建替・改修)の実情と課題—
■講師: 小畑晴治(こばた せいじ)さん((一財)日本開発構想研究所 )

今回もオンライン(microsoft teamsを利用)での実施で、24名の方の参加がありました。小畑さんのお話は5月のサロンで予定していたものですが、新型コロナ感染拡大防止の観点から延期させていただいていました。小畑さんにオンラインでもかまわないと了解していただき、実現できることになりました。

小畑さんは旧日本住宅公団に入社されて以来、UR都市再生機構で、長年集合住宅や戸建て住宅の計画・設計や再開発などを手がけられ、UR退社後は日本開発構想研究所でまちづくり、住まいづくりに係る調査研究に広く携わってこられました。長年の実績や研究をもとに、最近まとめられた論文「欧米と日本における団地・ニュータウン問題と再生」(UEDレポート2019年夏号)の内容をベースに、小畑さんご自身の経験を踏まえた、日本のニュータウンやまちづくりの今後についての提言をお聞かせ頂きました。

明治以降、日本の住宅・都市政策は欧米を手本としてきましたが、第二次大戦後につくられた欧米先進諸国の団地の実態は、実はあまり知られていないと、多くの実例を見せていただきながら話をしていただきました。19世紀末の産業革命以降、人口爆発や都市への集中が貧富の格差、不衛生なスラム化、公害や交通問題などの都市の問題が顕在化します。小畑さんの話は、近代都市計画の始まりからオスマンのパリ大改造、E・ハワードの田園都市論、さらに近代アメリカのシカゴ派の高層建築やマンハッタン開発、ペリーの近隣住区論などの大きな都市計画論の流れを紹介していただきました。改めて、時代背景や年代別に流れを整理して見せていただき、再認識できることもありました。

コルビジェを中心に第2次大戦中に発足したCIAM(近代建築国際会議)は、近代建築の規則を定形化し、機能主義や合理主義による建築のデザインを取り入れたが、これがモダニズム建築・都市計画をドグマ化させることにつながったのではないかといわれます。戦後の復員兵や植民地からの引揚者のための大量の住宅不足が生じたとき、欧米諸国はこの機能主義、合理主義のドグマ化したモダニズム建築を便利に使いました。その結果、大量に生み出された高層・板状の戦後の巨大な高層団地やニュータウン開発の荒廃が大きな社会問題となります。具体的には、移民や貧困層の集中による治安の悪化、犯罪の増加、コミュニティの崩壊、空き家の増加などが指摘されます。

これらの事例として紹介していただいた団地は、短期間で爆破・解体されたものも多く、あまり日本では知られていないものもあります。例えば、チョークヒル団地(イギリス):30棟の高層住宅が空中回廊で連結されていた。2000年ころに解体、カンバーノールド(イギリス)、エブリーニュータウン(フランス)、グロピウス・シュタット(ドイツ)、ベイルメミーア(オランダ)、ブルーイット・アイゴー(アメリカ)などです。

このような状況に対し、各国ではさまざまに批判や問題指摘がなされるようになります。アメリカでは、ジェーン・ジェイコブスが1961年に「アメリカ大都市の死と生」で問題提起します。ジェイコブズはアメリカのニューアーバニズムの原点でもあります。(※小畑さんが紹介されていたジェイコブスの映画は、「ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命」というタイトルで、アマゾンVIDEOで見ることができます。)

また、オランダのニコラス・ジョン・ハブラーケンは同じ年に「マスハウジングに代わるもの」を著しています。ハブラーケンは後にMITに招聘され、公団のKEP住宅、オープンビルディング、スケルトン・インフィル(2段階供給方式)などの考え方の基礎をつくった人だそうです。

小畑さんの話のなかで興味深かったのは、イギリスでは1980年代にマーガレット・サッチャーがイギリスのインナーシティ開発の失敗の反省から建築・都市計画家との対立しながら、団地計画や建築計画の問題を糾弾し、地域計画・都市計画の考え方を変革していったということです。

そして、世界ではモダニズムを乗り越えた、ニューアーバニズムの動きが生まれてきます。アメリカではピーター・カルソープによるコミュニティを重視した「アワニ―の原則」が提唱され、ポートランドやシアトルなどで、歩いて暮らせるまち(Walkable city)、TOD(transit oriented development)、スマートグロース(都市の成長抑制)の考え方、環境都市などの新しい都市づくりが提唱されてきます。

イギリスでは、チャールズ皇太子が1989年に、著書「A VIsion for Britain」の中で”Urban Village”という言葉を使ったのがアーバンビレッジ運動の始まりだそうです。皇太子を中心に開発業者、建築家、プランナーなどを集めて議論したことがきっかけで組織されたUVG(Urban Village Group)により、概念が確立されることになります。主な目的は、家から歩ける範囲での利便性や快適性や魅力を高めることだそうです。近隣コミュニティを重視した住民参加の再生事業、オフィスビルのコンバージョンによる住宅づくり、1960年代住宅団地の再・再開発などのまちづくりが実施され、現在も続いているということです。

そのほか、フランスのANRU(都市再生整備機構、2004年発足)による施策、ドイツのシュリンキング・ポリシーの概念や都市再生の実情、オランダのニューアーバニズムの動きなども紹介していただきました。

日本はモダニズムに乗り遅れたことが、逆に幸運だったのではないかという小畑さんの論です。明治維新後のヨーロッパはパリ改造の真っただ中で、まだ模索中であったこと、渋沢栄一や内務省が英国式の都市づくりを採用しようとしたものの、Gqrde City論の正しい理解ができず、「田園都市論」といった誤った解釈がなされてしまった。また、1919年に都市計画法や市街地建築物法が発効されたものの、4年後に関東大震災が起き、その後の大恐慌や大戦そして敗戦とまちづくりどころではなかった。ようやく戦後になって住宅供給が本格的に始まったというのが日本の状況だということです。

日本では、フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを設計し、おりしも関東大震災の当日に竣工式を迎えたものの、その耐震性が立証されたという話や、大幅な予算超過でライト自身は竣工式に出席しなかったという逸話も紹介していただき、ライトの日本風土を生かした建築思想が孫弟子である、住宅公団の初期の時代の設計をリードされてきた津端修一氏に引き継がれてきたということです。面白かったのは、小畑さんの師である吉阪隆正氏はコルビジェの弟子でありながら大学のではその設計思想を伝えることはなかったと話されていました。

最後に、小畑さんの「これからの団地再生に向かって」の提言をご紹介してまとめとさせていただきます。日本のまちは衰退はしていても決して後退はしていない。日本のまちづくりに自信を持ってほしいと、たま・まちせんにもエールを贈っていただきました。

1)地域社会の現実と今後の社会を見据えることが重要
・超高齢化と人口減少の問題や、バブル崩壊後の社会的孤立が高まってしまった社会状況
2)「帰属感の持てる終の棲家」QOLを育む
・「自分らしさの演出+住まい育て」
・「プレイス・メイキング」(「場所性」の復活)、界隈性、街角らしさなど

3)つくって終わりとしない「日本庭園型まち育て」と「里山づくり」
・自然の風景に似せる、場所性演出、変化の包容等

小畑さん、膨大なデータや写真をご紹介いただき、準備にも大変な労力を割いていただいたことと思います。とても興味深く楽しい時間があっという間に過ぎてしまった気がします。ありがとうございました。

(2020.11.30[Mon]記載)


第150回(2020年9月17日)

■テーマ:社会保障ビジネスと地域活動の両面からいみたインクルーシブな地域づくりに必要な事
■講師:影近 卓大(かげちか たくだい)さん(合同会社ライフイズ代表社員)

前回に続き、多摩ニュータウンで活躍する若者世代に登場していただきました。影近さんは、網走に生まれ18歳まで過ごされたのち、仙台市、町田市を経て2015年から多摩市に住んでおられます。2015年2月に「合同会社ライフイズ」を立ち上げ、「訪問看護リハビリステーションラフ」、「こどもデイサービスラフ」を開設されています。

影近さんのお仕事のテーマとなっている”インクルーシブな地域づくり”とは、『「関わる全ての方の自己実現と笑顔の為に」〜重度の障害を抱えて生まれたお子さんも、ターミナル期の方であっても、誰しもが地域に溶け込んで暮らし続けられる地域社会を目指す』と会社の理念でうたわれています。また、社名のライフイズは、みんなのLife is…に続くことを見つけ出し、ともに目指していきたいという想いが込められています。

「訪問看護リハビリステーションラフ」は24名の職員で、子供から高齢者、難病、精神科、ターミナルまで、どのような状態の方にも対応する「訪問看護ステーション」として、『地域で暮らしたい全ての人にサービスを提供する』ことをモットーとされています。

「こどもデイサービスラフ」は9名の職員で、『重症児と家族が地域に溶け込み、様々な関りを持ちながら主体的な生活を営むきっかけとなる笑顔あふれる居場所』がキャッチフレーズです。どちらも「ラフ」=laughのとおり、大声で笑いあえる施設にしたいという願いが込められたネーミングです。

影近さんは社会保障事業を続ける中で、一人一人の様々な困りことに対しサービスを提供している中で、「同じようなことで困っている人が多い」と気づき、地域全体として解決することが必要ではないかということに思い至ります。しかし、公的な社会保障サービスには制度上の制限が多く、余暇的な取り組みは認められないとか、社会保障費でやることには限界があると感じ、「地域の力」や「コミュニティビジネス」としての可能性を探っておられます。

インクルーシブ社会の実現に向けた地域活動とはどういうものか、例えば、「医療的ケア児」「重症心身障害児」と呼ばれるような子供たちが、子どもらしく遊べる場が少ない、また、そういう子供たちを地域で育てていくハードルや家族の負担感が異常に高いといった課題を解決していきたいが、…………こういう個人的なニースに対しても、地域の多様な力で受けとめ、解決していくことのできる社会ということではないでしょうか。

影近さんは、「インクルーシブ社会」とは、”障害の有無や世代・背景を飛び越えて、同じ地域で、様々な関わりを持ち、溶け込み合い、尊重されながら、共に笑顔で暮らし続けられる社会”と言われています。

影近さんが実際に取り組んでおられる活動の一部を紹介していただきました。「青空イベント」は、「屋外遊び」の機会が少ない子供たちや、公園デビューに恐怖心を抱くお母さんたちも、皆で自然に楽しむ場づくり、参加した全ての人が楽しいイベントです。

「メルティング・ダイニング」は、胃ろうや鼻からチューブを通して食べる方も、 食という楽しい場で自然な関わりが生まれる様、一緒に食卓を囲み“食事”を楽しむ場づくりです。

「インクルスポーツクラブ多摩」は、スポーツ(パラ・ニュースポーツ等)を通じて、 障害の有無を問わず、より自然な形で双方の理解や交流を行うもので、多摩市在住のボッチャ元日本チャンピオンを中心に活動されています。

「私たちの事を私たち抜きで決めないで(Nothing About us without us)」 という「
障害者の権利に関する条約」の合言葉が心に残りました。

来年の4月からは、諏訪商店街の一角、まちせんのかっての活動拠点だった「すくらんぶる〜む」を引き継いで、生活介護事業所を開設しようと準備されています。そこでは、特別支援学校を卒業した重症児(者)に、卒業後も地域との関わりの中で過ごしてもらえるような、新しい形での生活介護事業所を目指しておられます。

多摩市内には2か所の重度障害者対応の生活介護事業所がありますが、来年度の受け入れは困難だそうです。にもかかわらず、桜ケ丘特別支援学校の卒業まじかの生徒は多数存在するということで、家族や学校や行政からの希望や要望が多く、そのニーズに応えていきたいという気持ちで決心されたとのことです。

あえて、商店街に開設することで地域に溶け込み、商店街の活性化にも一役買い、商店街を盛り上げる1市民として、様々な人と自然な形でのかかわり方を見出したいという意欲で開設の準備を進めておられます。

事業所の新しい形とは、………地域のたまり場となるような「駄菓子屋」、気楽に集いたくなるおしゃれなスペース、周りの人が興味を引くようなワクワクする場所、2階には地域の人や利用者、職員の交流ができるカルチャーセンター等々、様々な人が集える工夫をしていきたいと夢を抱いておられます。

だれでも寝転がって遊べる杉のむく材の床は、まちせんがつくった時のまま利用していただけるようで、かって障害児のかたの放課後の活動に利用していただいたこともあるので、縁のつながりも感じます。

施設のオープンが楽しみな一方、参加者の方からは運営資金や活動費を心配する声もあり、クラウドファウンディングの利用の可能性も考えてみたらというご意見も聞かれました。その時には、きっと多くの皆さんの協力も期待できそうな気がします。

今回、影近さんがかかわっておられる「たましめし応援隊」の話も聞かせていただきましたが、紙面の都合で残念ですが割愛させていただきました。その他、影近さんのお仕事やお考えは、ライフイズのHP で知ることができます。

https://lifeis-llc.com/

※このまとめの作成に際し、障害の”害について、ひらがな表記にしていたところ、影近さんから”害を個人の問題ではなく、社会の問題として捉えるという「社会モデル」の観点から考え、解決していく時に、害を平仮名で隠すのではなく、社会に問題がある”障害”という意味合いででしっかりと漢字表記していきたいというご意見をいただき、漢字表記としました。

(2020.9.21[Mon]記載)


第149回(2020年7月17日)

■テーマ:「多摩市での若者参加のまちづくりの試行錯誤と見えてきた今後の方向性について」
■講師: 高野 義裕(たかの よしひろ)さん(多摩市若者会議)

新型コロナウィルス感染拡大の影響で木曜サロンはしばらくお休みしていましたが、7月のサロンはテレビ会議システムによるオンラインサロンを開催しました。初めての試みでしたが、約20名の参加があり和やかな雰囲気で意見交換できました。

今回の企画は、 木曜サロンは比較的年長の参加者が多く、多摩ニュータウンの若者がどういう考え方をしていて、どんな活動しているのか、一度交流してみたいという参加者の声もあり、「多摩市若者会議」の実行委員として中心的に担っておられる高野さんに話題提供していただくことになりました。

高野さんは横浜生まれの多摩市育ちで、大学卒業後多摩を離れておられましたが、結婚後2013年に多摩ニュータウン(八王子南大沢)に戻ってこられました。ご専門はIT関係で、高校生の頃多摩NT公園ガイドというウェブサイトを立ち上げたり、タウン誌の取材の手伝いや多摩サロンの活動などにも参加されていたそうで、多摩市の公募をきっかけに「多摩市若者会議」に参加されたということです。

「多摩市若者会議」は長野県小布施町で始まった「若者会議」をモデルに、2017年から3年間の多摩市の事業として実施されました。事業のねらいは、若者世代(39歳以下だそうです)の視点で多摩市の魅力を発見・創出・発信すること。提言をまとめて終わりとせず、若者世代が自ら企画・実践に取り組む。というものです。

参加メンバーは3年間で延べ735人、平均年齢27.8歳、市街在住者が7割、実行委員が40名(学生7割、社会人3割)という内訳です。市外参加者が多いのは、ファシリテータとして参加されていた林田暢明氏(総務省地域力創造アドバイザー)の人気や影響力が大きいということでした。

2017年度にワークショップやフィールドワークを行い市長に提言、2018年度には提言に沿って活動拠点となる「未知カフェ」を開設、2019年度は拠点をベースにプロジェクトを展開、多摩市の事業終了後、今年度(2020年)から有志メンバーによる合同会社を設立し事業を展開しようとしていたところでのコロナ騒動で、厳しい状況に置かれているというこです。

「未知カフェ」はクラウドファンディングにより215万円を調達し、DIYで永山駅近傍の鎌倉街道沿いにオープンしています。2019年4月から1日店長方式で営業、メンバー以外でも店長可、ギャラリーやイベント利用もできるということです。

これまでに実践されてきた企画には、未知カフェを活用した小学生向けのプログラミング教室、東京ヴェルディ・日テレベレーザを応援するパブリックビューイング、地域イベントに出店できるコンパクトなモバイル屋台などがあります。多摩市の遊歩道41qのgoogleストリートビューの撮影は遊歩道のネットワークが日本一である多摩市では、車道からでは見えない歩行者目線でまちなみがわかる画期的な成果だと思います。まだ見てない方はぜひgoogleMapをご覧ください。

新型コロナウィルス感染拡大防止のため、2020年3月からは未知カフェを休業し、その間東京ヴェルディとのオンラインワークショップ、様々な人との交流を目的としたオンライン未知カフェ、多摩市若者会議のオンライン開催など、様々なオンライン企画を試しています。

今年度から、多摩市から自立して動き出そうとしている若者会議ですが、コアメンバーの継続性、事業の持続性など課題も大きそうです。

今年度、メンバー有志により「合同会社MichiLab」を設立し、未知カフェの法人としての下支え、若者会議の運営への支援やプロジェクト参加、多摩市との協働などを行っていこうとしています。高野さんは、本業の会社の副業制度を申請し、合同会社MichiLab の代表社員として活動されています。

地域や地元の企業・団体との協働・連携事業の話も進行しており、多摩市が2か所のモデルエリアで本年度から始める「(仮称)地域委員会構想」において、諏訪中学校区のモデルエリアで中間支援組織として参加することが決まったそうです。地域委員会構想が動き始めると様々な場で地域の人たちとの接点もでき、新たな協働や交流も芽生える可能性もあり、今後の活躍を楽しみにしたいと思います。

多摩市若者会議ではコアメンバーを募集中です。高野さんたちと一緒に活動したいという方、若者会議に興味のある方、もっと知りたい方は下記サイト覗いてみてください。
・多摩市若者会議公式サイト https://tamayouth.jp/
・多摩市公式サイト http://www.city.tama.lg.jp/category/2-9-11-0-0.html
・未知カフェ https://michicafe.jp/

初めてのオンラインサロンの試みでしたが、飲食フリーで多少舌も滑らかになり、あっという間に2時間が過ぎてしまいました。帰りの時間を気にすることなく、また遠方の方も関係なく参加できるのはオンラインのいいところですね。しばらくの間、オンラインサロンとして開催したいと思います。

2020.7.26[Sun]記載)


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