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2015年06月分

第112回(2015年6月18日)

■テーマ:多摩ニュータウン四方山(よもやま)話
■講 師:大石武朗(おおいし たけろう)さん(元住宅・都市整備公団職員、多摩市在住)

 今月は、多摩ニュータウンのまちづくりに深くかかわってこられた大石武朗さんにお話していただきました。大石さんにはこれまでにも2回、「私が居合わせた多摩ニュータウン開発のシーン」というテーマでお話していただき、まだその続編が残っているのですが、今回は、番外編としてお願いしたところ、また時間が足りないので2回に分けて話をしたいという申し出がありました。したがって、今回は「ニュータウン四方山話」の前半ということになります。

 多摩ニュータウンには、私たちも実はよく知らない仕掛けがあちこちにあるということです。事前のアナウンスでは「大石のわるだくみ」と紹介しましたが、ご本人いわく、「決して悪だくみではありません。みんなまじめにやってきています。」とおっしゃっていますので、謹んでお詫びします。今回紹介していただいのは、その悪だくみではない、まじめな5つの仕掛けです。

 一つ目は、ニュータウンの鉄道はなぜ、京王と小田急なのか。西武が入ってこれなかったのはなぜかという話。伊豆・箱根の山のけんかをニュータウンに持ち込ませないというおせっかいだけでなく、都心へのアクセス性のほか、多摩弾薬庫などのルート上の障害物、既存の中央線などの鉄道への負荷などいろいろな面からの配慮があったということ。残念ですが詳細は書ききれません。

 二つ目は公団住宅100万戸達成記念の北永山公園にある時計塔のいきさつ。当時の総裁の指示で公団が未来永劫管理するはずだったのに、今では多摩市に移管され4面の時計も2面になってしまっています。「住宅都市整備公団」も遠い昔に無くなり「都市再生機構」になっています。

 三つめは貝取山緑地に存在する巨石(大石の大石とも呼ばれています)の逸話。当時の会計検査で無駄ではないかと指摘され、実際に見てもらって大層感心され、不問になったといういきさつ。

 四つ目はパルテノン大通りにはサンマルコ広場があるという謎。通りにはたくさんの有田焼の舗石板が埋め込まれていますが、市民の方のデザインのほかに、洋画家の渡辺豊重氏のデザインをモチーフにした世界の有名な5つの広場があるということです。ヴェネチアのサンマルコ広場、ローマのスペイン広場とトレビの泉、ニューヨークのワシントン広場、モスクワの赤の広場ということですが・・・ほかにもアマチュアのデザインによる天安門広場やストックホルム市庁舎広場もあるそうです。

 五つ目は多摩中央公園にはサケ・マスが泳いでいるという真実。パルテノン大階段のパーゴラの下には大きな三つのモザイク画が埋め込まれています。このモザイク画はイタリア産の色々な大理石のモザイクで描かれたもので、桜ヶ丘団地にお住まいだった洋画家の古川清右氏とそのグループの手によるもので、そのために全国各地の漁港で約200種類の魚介類のスケッチをされたそうです。古川氏の説明では、大階段を上がって一番左側のモザイク画が日本の北の海、一番右側のモザイク画が南の海、中央のモザイク画がその間に多く観られる海の魚介類が描き分けられた図譜となっているそうです。大石さんはサケ、マス描かれているモザイク画から類推すると北と南が反対ではないかという疑問を抱きつづけておられるようで、古川画伯がご存命であれば確かめてみたいというご希望だそうです。

 いずれも興味深い話で、いままであまり気にも留めていなかったものに、こんな仕掛けが隠されていたということを知り、また、実際に歩いて確かめてみる興味が湧いてきました。皆さんも近くに行かれたら、ぜひ確かめてみてください。近いうちに後半も聞かせていただけることになっています。今回聞き逃した方もぜひお楽しみに。

(2015.6.23[Tue]記載)


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